日経BP総研 中小企業経営研究所presents 経営力向上ラボ INTERVIEW 01 日経BP総研 中小企業経営研究所presents 経営力向上ラボ INTERVIEW 01

出過ぎた杭は未来の柱になる
動画駆使して
若手を育成。
左官業界を変える
新しい会社つくる。

中屋敷左官工業(札幌市)は1941年創業。伝統的建造物も近代的なビルも手がける、北海道では最大規模の左官工事業者だ。現在の中屋敷剛社長は3代目。28歳で家業を継いでから職人の高齢化、なり手不足などに悩まされながらも会社を成長させてきた。

技術は教わるのではなく盗むものという風潮のなか、人材育成におけるICTの可能性に気付き、動画を使った若手の育成にいち早く取り組んできた。社員のモチベーションを高めながら、効率的に育成する仕組みが根付きつつあり、2016年には、技能五輪全国大会左官部門で銀メダルに輝く若手も輩出した。新しい研修センターを札幌市郊外に建設し、今夏から稼働させる。

その中屋敷社長に、プロ野球の横浜ベイスターズ(当時)と東北楽天ゴールデンイーグルスの日本一に貢献し、ロサンゼルス・ドジャースなどメジャーリーグでも活躍、現在はサンディエゴ・パドレスの環太平洋顧問を務める斎藤隆氏が人材育成と経営について、まだ建設中の同社研修センターで聞いた。

  • 斎藤
  • 斎藤(以下斎)最近はどんな業界でも、人手不足でなかなか若手が入ってこず、入ってきてもすぐに辞めてしまうケースが少なくありません。特に建設業界ではその傾向が顕著です。ところが、こちらでは新人が辞めないそうですね。若手を育てるため、映像を活用しているとも伺いました。

  • 中屋敷
  • 中屋敷(以下中)入社後1カ月間は私の作った「即戦力プログラム」で研修を受けさせるのですが、その研修は映像主体で構成されており、技能のある職人が壁を塗る映像を見て学ぶ「塗り壁トレーニング」がその一例です。

  • 伝統ある職人の世界に、なぜ動画を取り入れようと思ったのですか。

  • 中屋敷剛のプロフィール画像
  • 中屋敷剛
    なかやしき・つよし

    1967年札幌市生まれ。
    千葉工業大学卒業。90〜96年東急建設で勤務。28歳だった96年7月13日、父であり先代の急死により東急建設を退社し、8月1日 中屋敷左官工業に入社、代表取締役に就任。北海道左官業組合連合会専務理事、札幌左官工業協同組合副理事長、日本左官業組連合会青年部本部長などを歴任。

若者には動画を
見せて真似させる

  • 屋敷
  • 昔から私たち職人世界においては「仕事は見て盗むもんだ!」と言われています。それはある意味真理であり、昔はビデオなんてないので現場で先輩職人の姿を見てでしか学ぶことができませんでしたが、今の時代はその姿を簡単に映像に撮って見ることができる時代になりました。それを活用することで見る対象が人から映像に変わっただけなんです。

    さらに自分の塗り姿を簡単に見ることもできます。それによって自分を客観的に見ることができるようになります。お手本映像と自分の映像の違いを見つけさせることによって、「見る」から「観る」になります。これができるようになると彼らは「観て学ぶ」ことができるようになるんです。

  • 映像では実にいろいろなことがわかりますね。野球でも、「この選手はここをよく打つ」「このゾーンは打てない」などといったデータを紙でまとめることがあります。しかし、それだけでは、打ち取るためにそれまでにどんな配球を組み立てればいいのかが見えてこないので、せっかくのデータを生かし切れないのです。私自身も動画をよく見るようになってから成績が上がりました。

  • 屋敷
  • 実は、私自身は職人ではないので、壁を塗れないんです。だから自らが鏝(コテ)を持って教えることはできませんが、皆さんとても驚かれるのですが、私は彼らを塗れるようにすることがきます。

    なぜできるかというと、お手本映像と彼らの映像の違いを見つけ指摘することによって「観ること」を学ばせます。すると彼らはどんどん自ら学んでいけるようになるのです。言ってみれば私は競技経験のないコーチのようなものです。

    ヒントはテレビから得ました。家業を継いだ頃、水泳に関する番組を見たのです。世界王者、イアン・ソープの動きを映像で解析し、それを真似て日本水泳のレベルを上げようとするものでした。泳ぐのも壁を塗るのも体を動かすのは同じですから、この世界でも、トップレベルの技能を持つ人の動きを真似れば、技術が上がると思いました。

    全国でも屈指の名職人、久住章さんが壁を塗る様子を撮影。3分でベニヤ板一枚を塗って剥がし、それを1時間で20回繰り返すといいトレーニングになるとアドバイスをもらいました。

  • それをすぐに研修に取り入れたのですか。

  • 屋敷
  • 今から7年前に、入社15年目の職人が左官の技能の日本一を競う大会に出たいと言いだしました。参加申込みを済ませ、半年後の大会に向けてトレーニングを始めたとき、彼は久住さんの映像と自分が壁を塗る様子を撮影したものとを見比べて、「これでは大会へ恥をかきに行くことになる」と、自分のレベルの低さを知りました。20回を1時間でと言われていたトレーニングも、やってみたら3時間もかかる有様です。ここから、久住さんの動きの完全コピーを目指すようになったのが最初でした。

    それから2年後の5年前に高齢化が進む自社の社員の生年月日を一覧表にして改めて確認し、このままではこの会社に未来はないと実感しました。本格的に次世代の育成をしなくてはならないと強く感じ、その年に創業来初めての6名の新卒採用をしたときに作った即戦力育成プログラムを本格導入しました。

    ちょっと、動画を見ていただきましょう。このトレーニング方法で技能を磨き、入社3年目で技能五輪の銀メダリストになった職人が壁を塗る様子です。彼は、動画を完全に真似ようとしただけでここまでできるようになりました。

  • 2016年技能五輪全国大会左官部門の銀メダル受賞者

  • 入社4日目の新入社員のモデリング塗り壁トレーニング動画

※同時再生いただくと両者の技術の差を動画でご確認いただけます。
※Internet Explorer 8 以下では再生ができない場合があります。

音から学ぶ
コツとリズム

  • スピードとコントロールが両立していますね。それに、動きに無駄がなく美しい。動きだけでなく、コテが壁に当たるときのシャッシャッという音のリズムも一定です。

    シーズン開幕前の春のキャンプでは、複数のピッチャーが同時にブルペンに入ってピッチング練習をしますが、エースが投げているかどうかは、聞けばわかります。エースは投球間隔が一定だからです。一定の間隔で投げられるからこそ、ここぞという場面で投球のタイミングを変え、バッターと駆け引きをすることができます。練習のときに一定間隔で投げられないピッチャーには、これはできません。

  • 屋敷
  • 左官でも、リズムは大切です。私は、優秀な技能者にはそうではない技能者にない5つの特徴を持っていると思っています。それは、パターンがあること、シンプルであること、リズムがあること、力みがないこと、そして、美しいことです。

  • いいピッチャーの条件とまったく同じですね。ただ、左官は伝統のある世界だけに、キャリアのある職人からは、映像を見てそれを真似よという育成方針に反対の声も上がりそうです。

  • 屋敷
  • その通りです。ベテランには、「皆さんが思われているように、技能はそう簡単に理屈で教えられるものじゃない、見て盗ませるのが一番です」「だから、これはみなさんが昔やってきたことと同じです」と、次世代になじみのある新しいテクノロジーは使っているものの、本質は昔ながらの指導法であることを理解してもらいました。

    それに、モデルすなわち「お手本」があることもメリットです。私たちの世界でよくあるのは、同じ仕事をある先輩からはこうしろと言われ、別の先輩からは別のことを言われ、困った挙げ句にその場その場の先輩に合わせて塗り方を変えるなんていうことがあるのですが、モデルがあることで統一されるのでそれがなくなります。野球の世界でも、コーチによって言うことが違っていては、選手は困るでしょう。

  • よくわかります。中屋敷さんは次世代の育成に熱心な一方で、経営者でもあります。今後、中屋敷左官工業をどのような会社にしていこうと考えていますか。

  • 屋敷
  • 私は会社を大きくしようというよりは、より価値ある会社にすることを目指しています。

    毎年、日本一を狙えるような若手が育ち、お客様にますます良い仕事を提供できるようになって、「いい会社になったね、でももっといけるよね!」ってみんなで喜びを共有し成長し続けるハッピーな会社にしたいのです。

  • 今日、お邪魔している建設中の研修センターも、そういった会社になるために重要な場になりそうですね。

  • 屋敷
  • 昔の職人は、仕事は現場で身につけるもので、それ以外は仕事が終わってから個人的に練習するぐらいで、わざわざ研修なんてことはもちろんありませんでした。でも今の時代にはそれではうまくいきません。企業内に教育という仕組みが大切だと考えています。こういう施設があれば、さらに研修内容を充実させ、職人の技術を高め、企業価値を向上させることができます。

    私の業態は人材がある意味商品ですから、研修施設を活用し人材を育成し、ほかにない価値を作り出すことができるようになれば「ぜひ来て下さい」と言ってもらえる職人、会社になれると考えています。

  • 斎藤隆のプロフィール画像
  • 斎藤隆
    さいとう・たかし

    1970年仙台市生まれ。
    東北福祉大から92年に横浜大洋ホエールズ(当時)に入団。その後、2006年に米国に渡りドジャースとのマイナー契約から再スタートを切り、ついには一軍で抑えの切り札として活躍。その後、レッドソックスなどを渡り歩き、12年に帰国して楽天イーグルスに入った。日米通算で112勝139セーブを達成。15年に引退し、現在は経営を学びたいと、パドレスのアドバイザーなどを努めている。

  • 建設中の研修センターのイメージ画像
  • 建設中の研修センター

成果を出せば
周囲はついてくる

  • 中屋敷さんは経営者になって23年ということですが、これまでに危機はありませんでしたか。

  • 屋敷
  • リーマン・ショックの後は仕事がすべてストップしました。このときは、マンションの壁を洗うような仕事でも受けていました。

    23年前、家業を継いだときも危機でした。私が社長に就任したのは父が亡くなって約2週間後です。それまでは道外で現場監督として働いていたので、経営はもちろん、決算書さえ見たこともなかったのですが、まず経理を勉強してこのままではまずいと気付き、まだリストラなんて言葉もないときに、事務員には別の職場を斡旋して辞めてもらうところから立て直しを図りました。

    父の1周忌の席では「剛君、そんなことをしていては会社が潰れるよ」と親戚にも言われましたが、私は、何の手も打たないでいるよりはずっといいと信じていました。

  • そういうときは、どのように反論するのですか。

  • 屋敷
  • ただ、結果を出すだけです。次世代の育成についても「どうせ育たない」と言われたこともあります。しかし、毎年若手がどんどん入ってきて、誰も辞めずみんな頑張っていて、全国レベルのメダリストまで出たら、誰も何も言わなくなりました。「出る杭は打たれる」と言いますが、「出過ぎた杭は未来の柱になる」と私は信じています(笑)。

    ところで、私からも斎藤さんに質問があります。斎藤さんはプロ野球選手として大活躍しました。そんなトップ選手がなぜ、36歳で、決していいとは言えない条件でメジャーリーグに挑戦し、活躍できたのでしょう。もう一度ゼロからやり直すモチベーションは、どこから出たのですか。

  • 横浜時代の終わりの頃は確かに、家からいい車に乗って横浜スタジアムまで行って、ピッチングをしてまた帰ってくるという、子どもの頃に思い描いていたようなプロ野球選手の生活ができていました。でも、おそらく自分の野球人生はあと1、2年だろうと気付いたとき、最高の場を目指して努力することなしにこのままでいると、次の人生で間違えると悩むようになったんです。

  • 屋敷
  • しかし、アメリカへ行った当初はマイナーリーグにいましたよね。ここで心が折れてしまう選手と、そうでない選手は何が違うのでしょう。

  • 私には兄が2人いて、兄弟3人とも、甲子園に出場しています。父は仙台で工務店を経営していて、経営状態がかなり悪い時期もあったのですが、兄弟3人はその工務店で稼いだお金で野球をやらせてもらい、甲子園に行かせてもらったようなものです。その後、兄は家業を継ぐために野球から離れましたが、私だけが続けることができた。なので、私が野球への思いをしっかり成就しないと、私自身もそうですが、父も兄も納得しないだろうと思いました。世間からは「斎藤隆はメジャーに挑戦したけれど、どこかへ消えたね」と忘れられることになったとしても、自分のために、少しずつでいいから這い上がろうと決めました。

  • 屋敷
  • おそらく上を目指しているとき、斎藤さんはワクワクしていたのではないでしょうか。私も、ただ経営しているだけでは憂鬱です。でも、なにか新しいことに挑戦しているときには、エネルギーが湧いて楽しく仕事ができます。

  • 経営者は最先端の技術にどう取り組むべきでしょうか? 動画には否定的な意見もあったかと思うのですが。

  • 屋敷
  • 時代の移り変わりとともに働く人も変化していくのですから、お客様にはもちろんのことですが、自分の会社で働く人にも合わせて経営者は変わらなければならないと思います。経営手法も育成方法もすべてです。動画が当たり前の世代が働くようになったのだから、経営者が動画を使うのは当然です。時代の変化を察知し、良いと思うことはどんどん取り入れて会社を進化させていくことは経営者の大事な役割ではないでしょうか。

    新しい取り組みは社員のワクワクにもつながる要素だと感じています。

  • 動画を観て技能を磨いている若手も、きっとワクワクしていることでしょう。今日はいろいろなことを学びました。ありがとうございました。

構成:片瀬京子、写真:吉田悟

中小企業研究所長 イトー所長の眼

動画だから分かり合えることがある

今回の対談で、壁を塗る動画を見ながら斎藤隆さんは「音が違いますよね」とポツリ。それを聞いた中屋敷剛社長は、「そうなんです。いい職人は音がいいんですよ」と畳み掛けました。動画の強みは、じっくりと画面を観察しながら音を聞いて、動きをマスターできることです。

斎藤さんは現役時代には、相手バッターが打ち取られたシーンばかりを集めた動画を見続けて、脳裏に「抑える」イメージを植え付けていったそうです。こうして自信をつかむことができるのも動画の強みです。

いま、動画をはじめとする情報技術(ICT)は、スマートフォンやタブレットを介して社員のすぐそばにあります。これを生かせば簡単に、しかも低コストで経営に生かすことができます。お辞儀を撮影し合ってお互いに反省する— —、そんな使い方をしているサービス業もあります。身近になったICTを活用して、若い社員に「気づき」を促そうとする経営者は続々と増えています。

伊藤暢人のプロフィール画像

伊藤暢人
いとう・ながと

日経BP総研
中小企業経営研究所 所長

広島県出身。1990年に東京外国語大学を卒業し日経BP社に入社。新媒体開発、日経ビジネス、ロンドン支局などを経て、日経トップリーダー編集長に。2017年、中小企業経営研究所の設立に携わり所長に就任した。幅広い業界の中小企業経営に詳しく、経済産業省や東京都などが主催する賞の審査員を歴任。

研究所概要

「日経BP総研 中小企業経営研究所」は日経BP社が2017年4月より中小企業の成長と経営健全化を支援するために本格的に活動を開始しました。これまで培ってきた経営・技術・生活分野の見識を活かし、情報発信や調査、教育、コンサルティングなど、様々な形で中小企業の経営をサポートします。

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