日経BP総研 中小企業経営研究所presents 経営力向上ラボ HISTORY 01 日経BP総研 中小企業経営研究所presents 経営力向上ラボ HISTORY 01

すべては情報伝達が成否をわける
桶狭間の戦い

「歴史に学ぶ “情報戦略” のヒント」では、高度 ICT 時代の中小企業経営に通じる歴史の一片を、人気歴史作家・加来耕三氏が書き下ろします。歴史は繰り返す、戦国の生き残り・領土拡大も、企業の生き残り・成長も同じだ、と主張する加来耕三氏の物語から、情報の大切さ、情報伝達・管理の大切さを見いだしてください。

中小企業経営研究所の伊藤所長からも、毎回のストーリーから何を見いだすべきか、そのヒントをご提示します。

  • 加来耕三のプロフィール画像
  • 加来耕三
    かく・こうぞう

    1958年大阪市生まれ。奈良大学卒。歴史家・作家。『英雄たちの選択』『その時歴史が動いた』(いずれもNHK)、『世紀のワイドショー! ザ・今夜はヒストリー』(TBS)などに出演。著書に『加来耕三の戦国武将ここ一番の決断』(滋慶出版/つちや書店)、『徳川三代記』(ポプラ社)など多数。

信長、
生涯最大の危機

  •  戦国武将・織田信長が、辛うじて尾張(現・愛知県西部)を統一した頃、その身辺に、生涯最大の危機が訪れようとしていた。
  •  “東海一の太守”といわれ、駿河(現・静岡県東部)、遠江(現・静岡県西部)、三河(現・愛知県東部)の豊潤な地方を支配する、名門の11代当主で武将としても一流の今川治部大輔(じぶのたいふ)義元が、いよいよ上洛戦を敢行しようとしている、というのだ。今川家は室町幕府の足利将軍家に次ぐ名族の出自であり、のちの総石高に直せば100万石を超える国力を持っていた。その動員兵力は常時、2万5000をくだらないといわれていた。
  •  義元上洛の噂は、尾張の鳴海城に拠る山口教継・教吉父子を信長から離反させる。信長にすれば、出鼻をくじかれたようなものだ。それ以前、彼は永禄元年(1558)3月に、尾張の品野城(城将は義元の部将・松平家次)を攻めて失敗している。これまでの今川方との小規模な戦闘でも、軍装備、兵員数の点からも今川勢にかなわぬことが多かった。
  •  ーー局面打開に、信長は一計を案じる。家臣・森可成(もりよしなり)を商人に仕立てて、義元の本拠地・駿府城下へもぐり込ませ、噂を流させた。「左馬助(山口教継)は偽って、今川のお屋形さま(義元)に味方しているだけだ。お屋形さまが尾張へ攻め込めば、信長と計って挾撃する手はずを整えている」
  •  可成は、この噂を今川家の家臣団に浸透させるため、山口父子の筆跡をまねた偽の手紙まで用意し、ばらまくなどしたという。義元はこの根も葉もない流言を、最初は撥ね付けていたが、ついには信じてしまった。山口父子を駿府へ召し出すと、「忠節の褒美はなくして、無情親子共に腹をきらせ候」ーーまんまと、信長に乗せられてしまったのである。
  •  真偽のほどは定かではないが、信長のことである。切迫した義元の上洛を前に、なんの策も講じず、手をこまねいていたとは考えられない。否、むしろ信長の指針は、「戦いにおける勝敗は、七割がた戦場に着くまでに決している。戦場に出ての純粋な勝敗は、三割ほどしかない」という慎重さ、フレキシブルな行動原理にこそあった。
  •  ーーさて、桶狭間の戦いである。
     公称4万7、8000ーー実数2万5、6000の今川軍が、この戦いでわずか3000弱の織田軍に敗れ、主将の義元が首を取られるという、考えられない結末となった。
  •  義元の敗死には、結果論としていくつかの指摘が可能である。けれども、一言で敗因を語るとすれば、やはり義元が情報伝達(コミュニケーション)の重要性を認識していなかった、ということに尽きよう。
  •  義元は圧倒的な装備と兵力を背景にしていたことで、終始、信長のことを積極的に知ろうとはしなかった。あるいは信長におのれを置き換えて、自分ならどうするか、の考察を怠った。否、常識ーー習慣・慣例ーーの線で考えたのかもしれない。それがかえって、よくなかったのだろう。なにぶんにも、相手は尋常な男ではなかったのだから。
  •  今川義元はけっして、凡将ではない。むしろ武田信玄・上杉謙信以上に優れた名将であったろう。そうでなければ戦国乱世の中、下剋上を押さえて守護大名家の体面を維持し、領土を拡張し、上洛戦を敢行することなどできなかったに違いない。教養、兵法あらゆる面で、信長など問題外であった。にもかかわらず、彼は敗死を遂げた。なぜか。

  • 【桶狭間の戦い】三人の武功
  • 勝利した信長は、義元の居場所を通報した梁田政綱を第一、一番槍の服部小平太を第二、首級をとった毛利新介を第三の手柄とした

「非常識」が
「常識」に勝つ

  •  義元と信長の差異はつまるところ、情報に対する判断を習慣・慣例におくか、本質で捉えるか、の択一にあった。
  •  習慣・慣例は見方を変えれば、筋目の正しい武士に置き換えられるかもしれない。本質は、いうなれば秀吉に代表される氏素姓(うじすじょう)もない卑賤あがりの雑兵、野武士と考えてもよい。
  •  武士は当然ながら戦術にあかるく、戦闘の技術に熟練し、集団行動も規律正しく勇敢である。彼らは合戦の専門家として有能だが、それだけにおのれの力量を常に勘定し、できることとできないこと、可能と不可能を無意識に区分してしまう癖があった。
  •  この区分はつまるところ、自己の限界設定になってしまう。つまり、自己の容量を定めてしまうため、この枠を越えることができない。情報分析・認識の限界といってよい。
  •  敵が大軍なら籠城しかない、と即座に判断を下すようなものだ。
  •  ところが野武士は違う。まともな学問や武術をしたことがなく、常に実地の経験だけを頼りに生きてきたから、困難に追いつめられると、普通の人なら考えつかないような奇想天外な発想をも、生み出した。そうしなければ、彼らは生き残れなかったであろう。
  •  歴史を見渡してみると、洋の東西を問わず、時代の転換期には頭はいいが学問をしたことがない、といったタイプの人物が、かならずといっていいほど登場する。考えてみれば、彼らほど恐ろしい人間もなかったろう。なにしろ彼らには、可能と不可能の垣根がなかった。あるのはただ一つ、やらねばならないという必然性だけであった。信長が生き残り、義元が敗亡したのも、つまるところ、ここに原因があったといえそうだ。
  •  信長は戦勝後、義元の居場所を通報した梁田政綱を第一の功、義元に一番槍をつけた服部小平太を第二の殊勲、そして義元の首級をとった毛利新介を第三の手柄とした。
  •  これも信長ならではのことであった。慣例では、義元の首をあげた毛利新介が第一の功となるはずであった。次は一番槍をつけた服部小平太であったろう。他の武将なら梁田はさほどの恩賞はもらえなかったに相違ない。信長は「情報最優先」の姿勢をうちだし、これまでの合戦に前例のない合理的な判定を下した。
  •  もう一つ、大切なことがあった。
  •  信長が義元を捕捉しようと懸命になっているあいだーーざっと14時間ーー信長方の動向が、ついぞ今川方に知られなかったことだ。清洲から熱田、善照寺、中島砦などを彷徨い、ようやく田楽狭間にたどりついた信長の軍勢は、この間、尾張の領民から離反者、すなわち今川方への内報者を出さなかった。
  •  ーーこれは、特筆すべきものがある。
  •  この時代は家臣が平気で主君を見捨て、領民がいつ領主を裏切ってもおかしくはなかった。たいていの合戦には、必ずといっていいほど褒賞めあての“注進”=密告があったものだが、義元のもとへ信長の動向を知らせた尾張領内の者はついにいなかった。
  •  信長は情報の管理・運営においても、義元を凌いでいた。心中の恐怖、危機意識の大きさがそれを徹底させたのであろう。

挿絵:中村麻美

中小企業研究所長 イトー所長の眼

人を大切にすることから
情報管理は始まる

戦いにおいても経営においても情報が大切であることは、古今東西いずこでも変わりません。情報とは「情け」に「報いる」と書きます。まさに、人の心がどちらに向いているか、それが情報の質を担保するのです。

織田信長の居場所が今川義元側に伝わらなかったのは、まさに、領民が今までの信長の恩に報い、情けを持っていたからでしょう。だから、誰も今川側には情報を流さなかったのです。

経営においても同じことが言えます。情報通信技術(ICT)が身近になる中で、システムだけに依存して情報を管理しようとすると、人的リソースに乏しい中小企業では思わぬ落とし穴に陥りかねません。システムと同時に、会社を大切に思い、ともに伸ばしていこうとする人材をいかに育てていくか、それが中小企業にとっては情報管理の第一歩です。経営者がまず従業員にビジョンを説明すること、そして従業員の意見に耳を傾けることが鉄則なのです。

伊藤暢人のプロフィール画像

伊藤暢人
いとう・ながと

日経BP総研
中小企業経営研究所 所長

広島県出身。1990年に東京外国語大学を卒業し日経BP社に入社。新媒体開発、日経ビジネス、ロンドン支局などを経て、日経トップリーダー編集長に。2017年、中小企業経営研究所の設立に携わり所長に就任した。幅広い業界の中小企業経営に詳しく、経済産業省や東京都などが主催する賞の審査員を歴任。

研究所概要

「日経BP総研 中小企業経営研究所」は日経BP社が2017年4月より中小企業の成長と経営健全化を支援するために本格的に活動を開始しました。これまで培ってきた経営・技術・生活分野の見識を活かし、情報発信や調査、教育、コンサルティングなど、様々な形で中小企業の経営をサポートします。

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